2014/10/28

幻のギャレス来日/「階級」を超える合唱団

先月のこと。突然、ギャレス・マローンで検索してくる人が増えた。何年ぶりだろう。ギャレスの番組が放送されるといつも、このサイトの右コラムにある検索フレーズランキングにギャレス・マローンという文字がずらりと並んでいた。でも、先月は放送はなかった。じゃ、何があったの?と思ったら、なんとギャレスご本人が日本に来ていたらしい。

アジア文化芸術交流促進連盟日本(FACP日本)の第32回日本会議が、9月11日に川崎で開催され、その基調講演に招かれたようだ。講演のタイトルは"The Power of Music"
こちらのサイトに写真があったけど、あまりクリアじゃないです。

ネット上を探しても、今回の来日情報はほとんどなかった。もっと宣伝すればよかったのに。といっても、一般向けのイベントじゃないから仕方ないのかな。 ギャレスのFBページはフォローしているけど、日本に来ているなんて書いてなかったし、オフィシャルサイトにもなんの記載もない(というかサイトそのものが、あまり頻繁には更新されていない)。

あとは本人のツイッターだけが頼り。と思い、遡ってみたけど、8月末から9月末まで飛んでいる。「ジャパンなう」くらいつぶやいてくれてもいいのにね。ギャレスにとって日本ってインパクトなかったのかな、とちょっとさみしい。まあ、そのなんとか連盟の会議のためだけに来たのなら、弾丸ツアーだったかもしれないし、記憶に残るようなこともあまりなかったかもしれない。残念なことである。

ちょうど、見逃して地団太踏んだギャレスの合唱団シリーズが、今月になって再放送された。「ギャレス・マローンの職場で歌おう!」(原題:The Choir  Sing While You Work)
録画したのをやっと見終わった。シリーズも回を重ね、なんというか、手のうちはわかっているのだけど、それでも毎回、心にぐっとくるものがあってうるうるしてしまう。
正直にいうと「音楽が人をつなぐ」なんてクリシェみたいなフレーズは好きじゃない。でも、ギャレスが試行錯誤しながら、ばらばらだったメンバーをまとめ、ひとつの合唱団を作り上げてゆくのを見ると、その言葉がまさに実践されているとわかる。

どんな集団にも、合唱団なんて。。と斜めに構えている人が必ずいる。でも、いつのまにか歌う楽しさにハマっている。自分も気づいてなかった自分を見つけて驚いている。ひとつのことをやり遂げたと誇らしげに語っている。ほんとうにすごいことだ。
ギャレスが、メンバーに寄り添い、持てるものを引き出そうと努力し、褒めたり、励ましたりする様子は心動かされると同時に、とても勉強になる。

今回は4つの職場で合唱団を作り、競い合うというものだった。それぞれの職場で普段はすれ違うことさえないような人たちが、力を合わせて、歌で自分たちを表現しようと努力する。イギリス的だなあと思わされたのは、合唱団のメンバーが職場での人間関係について「普段は『階級』が違う人と話すことはないんだ」と言ってたこと。(※)
たとえば、ガラス張りのオフィスの高層階にいる経営陣と現場の作業員、病院で「あの先生を怒らせるな!」と恐れられている偉い外科医と配膳係の若者。最初は互いのぎこちなさが目立っていたが、次第に歌を通して仲間意識が芽生えてゆくのが伝わってきた。

もうひとつ、ギャレスが心を砕いていたのは、感情をおもてに出すということ。仕事上、どんなにストレスを感じていても、それを顔に出せない人たちに、歌を通して心を解き放ってもらいたいというのだ。「感情を顔に出したりはしない」と断言していたメンバーも、最後には笑顔で歌っていた。
このシリーズはイギリスで2012年に、その翌年、第2弾(Sing While You Work Series 2)も放映されている。日本でも、もう少し早く観られるようになるといいな。

(※)但し、吹替のセリフ。原語は未確認。

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2011/02/22

Just One Night

タイトルを見てクラプトンネタだと思った方、ごめんなさい。実は、3月のバリからの帰国日を1日間違えていて、2泊で予約していたホテルを1泊に変更しなければならなくて。。
残念なんですが、just one nightになりました~というメールを書きつつ、なんか聞いたことある…と思った次第。デンパサール午前1時発なので日付が変わるんですよね。いやー、大ボケ。昨日の朝、なぜかまだベッドの中でうとうとしているときに、ん?と気がつきました。行く前でよかった。

ついでといってはなんですが、クラプトン、最近メディアの注目を浴びてましたよね。いや、正確にはECじゃなくて、ECのコンサートに姿を見せたあるお方が注目されて、ニュースにクラプトンの名前が登場したのですが。

「偉大なる将軍様」の次男はクラプトンの「偉大なるファン」として有名で、今回はシンガポールで行われたコンサートに姿を見せたところにメディアが飛びつきました。将軍様の誕生日直前だったこともあり、"Kim Jong-Il's son prefers Eric Clapton gig to dad's b'day celebration!"とか、"Kim Jong Il's son skips Dad's birthday for Eric Clapton gig in Sinapore"などと書かれていました。ゴージャスなホテルに滞在し、高価なダイヤモンドを購入したそうで、それは父親へのプレゼントだとか。誕生日前日に帰国したという報道もあるのでスキップしたわけではなさそうです。

関連ニュースの見出し"Clapton Key To Opening North Korea"は"Key to the Highway"を意識してるのでしょうか。もう、だれですか~。ECがキダ・タローに似てるなんて言ったのは。そのイメージが頭から離れなくて困ってます。
"More Clapton, Less Clamp-Down"(←音声出ます。注意!)は、韻を踏もうと努力しているかんじです。それより、なに~!ココの写真・・・キダ・タローと並べるよりたち悪いです~。ECのキャップがかわいい!

日曜日は韓国でコンサートだったけど、オープニングは"Key to the Highway"だったようです。"Though worn, Clapton captures crowds thrice over"のwornってあんまりでは。。。と思ったら、記事ではさらに、"As fervently and precisely as he struck the chords, Clapton, 65, showed signs of mortality as he had to catch his breath between songs and broke into a light sweat"などと容赦なくつっ込まれてます。

あと、この20年ヒット曲のない老成した(aging)ミュージシャン…などと書いてる記事を読んだのですが今探しても見つけられません。20年ってことないですよねぇ、グラミー賞から。。あ、Change the WorldはECの曲じゃないから、Tears In Heavenから数えるってことでしょうか。納得。。なんかクラプトンネタっぽくなりました。

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2011/02/21

演説の歌から怨念の歌へ

昨夜のしょーもないエントリを読んで自己嫌悪。でも、あの番組は番組予約で録画しているくらい気に入っているので、その紹介をしたってことで、ま、いいか。それにブログを読んだ友人のメールに「わたしも録画してる!」と書いてあった。日本の料理研究家は良妻賢母型が多く、家族の健康第一、手抜きなんか許さない、というかんじだけど、ジャーダは彼女自身の「好き!」という気持ちが伝わってくるし、楽しくていい!という彼女のコメントに思わず膝を打つ(←初めて使った。打ってないけど)。ついでに今日から再放送が始まる「ティム・ガンのファッションチェック」もおすすめ! 辛辣なティムのコメントはちょっと耳が痛いけど。

録画予約はしてないけど、けっこう好きなのが「COOL JAPAN」。日本在住外国人が集まって日本文化について語る番組。たまたま気がついた一昨日は「音楽」というお題だった。
街に流れる音楽やローランドの電子オルガンなどを取り上げていたが、一番おもしろかったのは、ほとんどの出演者が演歌を好きだったこと。日本の若者で演歌を好きな人はいないよ、と司会者に水を向けられると、カラオケで演歌を歌った男性(たしかイギリス人)が、「外国人だからエキゾチックに感じられる演歌が好きなのだ」と説明。「逆に、セリーヌ・ディオンなんかアメリカやイギリスではみんな聴かないけど、日本人は好きでしょ」とも言ってた。ホンマかなぁ。

「演歌=日本人の心」みたいな言い方をされると、最近ちょっと引っかかる。演歌は日本のブルース…なんて言われたら、それはちゃうんちゃう?と思う。N●Kにはぜひ『創られた「日本の心」神話/「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』(輪島裕介著)を読んで、演歌言説を検証する番組を作ってほしい。
演歌はもともと自由民権運動の時代、「演説の歌」だったそう。でも、それと「日本の心」であるところの演歌とはまったく別物である。今の「演歌」が「創られた」のは、
「…一九六〇年安保以降の反体制思潮を背景に、寺山修司や五木寛之のような文化人が、過去に商品として生産されたレコード歌謡に『流し』や『夜の蝶』といったアウトローとの連続性を見出し、そこに『下層』や『怨念』、あるいは『漂泊』や『疎外』といった意味を付与」したという経緯がある。つまり、ここでいう「日本の心」とは「抑圧された日本の庶民の怨念」だと著者はいう。

さまざまな資料を丁寧に読み解いているのがよくわかる本で、こういうふうにコツコツと積み上げることが興味深い分析につながるのだなあと考えされられた。

創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書)

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2011/02/08

♪ジョニーが来たなら伝えてよ~

20年待ってたと・・・
ほんまですか? ジョニー・ウィンターが来日って!
100万$のギタリスト ジョニー・ウィンター、遂に、奇跡の来日公演決定!」だそうです。←ココの写真はちょっと若作りだけどいつのものかな。

よく覚えてないけど、20年前に一度来日するっていって流れたらしい。最近はクロスロード・ギターフェスティバルで、孫のようなデレクちゃんの横で座って唄ってたのを見て、まだ生きてはった~と思ったのであった。
20080101155236

昨年、ゲイリー・ムーア来日が気になりながらスルーして、今、とても後悔している。だから、やっぱりジョニーは行くべきだよねー。って失礼かしらん。。
でも、今のところ東京だけみたい。3日も演るなら関西にも来てほしい。六甲山上で「100万ドルの夜景」をバックに!ってどうかな。

そういえばビルボード大阪のスケジュールにヤードバーズの名前があったのでびっくりした。まだ活動してたんや。。

ホントはバルトの「実践する音楽」(ムシカ・プラクティカ)のことを書こうと思ってたのに、ジョニーおじいちゃんのニュースを見て思わず反応してしまった。

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2011/01/30

♪夏季衛生唱歌を「歌う国民」

困った。レポートのネタが浮かばない。それに「歌う国民」(渡辺裕著)を読み始めたら、これがかなりおもしろくてやめられないのだ。
「はじめに」で紹介される「夏季衛生唱歌」でつかみはOK! 歌詞を読むと、著者が書いているように「思わず笑い出してしまいそう」になる。。というか目がテン。

出だしは「さみだれふりて空くらく 学びの窓はうちしめり」といかにも唱歌ってかんじで始まる。「うめの実きばむ時はきぬ かびのはえるはこの時ぞ」と続き、思わず「へ?」と新書に目を近づけて読み返した。
そして↓のように具体的にあぶない食べ物が挙げられ…

かにやいかたこえびいわし
あげものかひるゐ(貝類)ところてん
ささげにかぼちや、もち、だんご
いづれもこなれぬものなるぞ

さらに↓「実践的アドバイス」まで。

すべてのみくひしたものが
あとでわるいと気付いたら
ゆびをさし入れはきだして
あとをしほゆ(塩湯)でよくあらへ

これで「唱歌っていったいなんなん?」と疑問を抱いた読者は、著者の解説にぐいぐい引き込まれてゆくことになる。そして「国民づくり」、「国民の啓蒙」のために唱歌が作られたという背景が明らかにされるのだけど、あの「鉄道唱歌」が正確には「地理教育鉄道唱歌第一集」といって66番まであるとか、「郵便貯金唱歌」の存在とか、もう「へぇ~!」の連続。

校歌や社歌、県歌(なんてあるんやね!)等々、たしかに日本人は歌うのが好きというか、みんなで歌う/歌わされる機会が多いのかもしれない。小中高大の校歌はどれもなんとなく覚えているし、大学では応援歌も歌った。いまの大学の校歌を知らないのは時代の流れか(わたしの)帰属意識の薄さか。
中学ではクラス対抗の合唱コンクールがあった。学生時代に旅した北海道では、ゆく先々のユースホステルでいろんな歌を歌ったし、オリジナルの歌もたくさんあった。社歌は経験ないけど、大阪人に六甲おろしは外せない。

一緒に歌うことが生み出す帰属意識ってたしかにあると思う。ギャレス先生のクワイアづくりドキュメンタリを見ていても、歌うこととコミュニティ形成の関係がよくわかる。
これから先、なにか新しく唱和する機会はもうないかもしれないなー。あるとしたら般若心経くらい?

歌う国民―唱歌、校歌、うたごえ (中公新書)

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2011/01/27

男性一人称複数歌謡

ブルーズの歌詞の主語はたいてい一人称単数で、基本的にモノローグだといわれている。タイトルからして♪I'm so gladとか♪I'm tore downとか、いきなり♪I got the key to the highwayとか。。数少ない知ってる歌詞を思い浮かべてみて、たしかにねーと思う。
でも、ブルーズ以外でも一人称単数「I」が多いんじゃないんかなあ。♪I shot the sheriff、♪I must be invisible、♪I have finally found a way to live、♪I've been waiting so long。

一人称複数「we」といえば、即♪We Are The Worldを連想する。う、あとが続かない。えーっと。あ、思い出した。♪Smoke On The Waterも「we」やね。といっても今、頭に浮かんだのは英語の歌詞じゃなくて、王様の「俺たちゃ…」のほうだ。スモコンは「俺たち」がハマってるけど、♪We Are The Worldだとやっぱり「ぼくら」になるのだろうか。日本語は人称代名詞が多いだけに、微妙なニュアンスがあっておもしろい。

『どうにもとまらない歌謡曲』(舌津智之著)という本に、70年代の「男性一人称複数歌謡」を読み解き「男同士の絆」に注目する箇所があった。赤い風船「遠い世界に」、トワ・エ・モワ「虹と雪のバラード」、青い三角定規「太陽がくれた季節」などには「僕ら」の連帯感が歌われている。そこには「花」や「太陽」のような「愛国のエッセンス」が盛り込まれている。さらに「戦争を知らない子供たち」では「僕ら」と「私」を使い分けているという指摘が興味深い。この本を読むまで気づかなかった。「宇宙戦艦ヤマト」になると、「僕ら」よりも男っぽく「俺たち」という代名詞が使われる(ホントはどれも、もっともっと深くおもしろい内容なのだけど長くなるので割愛)。

「僕ら」や「俺たち」に対抗して、女同士の絆を歌うことってなかったのだろうか。う~ん。♪うちら陽気なかしまし娘…しか思い浮かばへん。

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2011/01/21

もしクラプトンにあわなければ…

昨日提出したシュウロンを書くことはなかっただろう。ほんとに。なにがいつどんなふうに関係して、歩く道がきまるのかわからないねー。

一夜明けて。。。予想外にヘロヘロで仕事を休んでしまった。ごめんなさい。お昼前に起き出してぼーっと過ごす。シュウロンを出したのが昨日のことだと思えない。もっと遠い昔のような気がする。それとも夢だったのか。受領書なんてもらってないから、ホントに出したかどうか不安になる。朝はまだ「ホントに今日出すの~?」と思いながら修正していた。長い一日だった。

大学へ向かうバスの中では、タック&パティを聴いてしみじみ。♪Dreamはずーっと聴き続けている曲。信じていれば、夢はかなう。という気持ちにさせてくれる。途中、数曲スキップして♪Time After Timeへ。

シュウロン提出直後、吐き気をもよおして、やばい…と思ったけどなんとか踏みとどまる。帰りはシュウロン関連曲でも聴こうかと、Scott AinslieのParchman Farm BluesやWalking Bluesを。どんなシュウロンやねん! やっぱりECも…でも、ブルーズはしんどいなあ…と♪Blue Eyes Blueを聴きかけた。この曲で思い出す人はもうこの世にいない。涙が…でスキップ。

関連曲といえば、この曲。ココで何回か紹介してるけど、これもきっかけのひとつだった。どうしてこの曲に惹かれるのか自分でもよくわからないけど。

昨夜はブログを書いたあと、いただきもののバスソルトを入れたお風呂につかり、この日のためにと買ってあった「蒸気でアイマスク」をつけてベッドにもぐりこんだ。このアイマスクは想像しただけで気持ちよさそうで期待してたのだけど、実際に使ってみたらなんてことはなく、それどころか皮膚の弱いわたしは熱で痒みが出てきた。相方が帰ってきたので起き出したときには、アゴのあたりに移動していて「珍しいマスクだね」と言われた。ラベンダーカラーで水玉模様なのだ。仕方がないので、貼るカイロの代用品にしよう。

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2011/01/12

グレッグと坂本教授の誘惑

とうとうここまで来てしまった。あと1週間。昨日は気分が悪くなったので夕寝をした。この段階でまだ全部書き上げてないというのは危機管理に問題あり。今日はなにがなんでもイントロとコンクル書いてしまう。筋が通ってなくても、とにかく形だけは整えて、突然、交通事故にあって入院しても、インフルエンザで高熱にうなされても、なんとかなるようにしたい。
それから1日1章ずつ見直して注をつけて文献リストをチェックする。うっ、仕事に行くと日数が足りないやん。そうだ、日本語の要旨も書かないといけない。あとは時間とのたたかいである。そろそろプリンタがストを起こしそうでハラハラしている。予備のトナーカートリッジをオーダーしておこう。

そんな状況なのに、この前の日曜日は、坂本龍一のコンサートがソウルからUST中継されるというので落ち着かなかった。気分転換という口実で、お昼の部をリハーサルの段階からちら見した。ツイッターのタイムライン(#skmts)を見ると、ハイスピードで流れて目が回りそうだった。せっかくなので案内を2ヶ所に書き込んだ。ひとり見てくれた人がいたみたいでよかった♪このところ音楽の共有ということについて考えているので刺激的なイベントだった。終わってしまったけどこんなかんじ

シュウロンのための参考文献の中に、NPRのサイトがあったので再度確認。アーカイブにおもしろそうなインタビューがたくさんあったので、ついでに登録してみたら、翌日、グレッグ・オールマンの新譜情報が届いた。う~ん、なんでいまごろ。。誘惑されへんでー。でも、全曲フルで聴けるなんて太っ腹。"Low Country Blues"は18日リリース予定。ドイル・ブラムホールも参加している。凍えそうな日々に南の風を。

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2011/01/06

ブルーズはレコードから

う~ん、首・肩・背中がコリコリ3点セット。目はしょぼしょぼ。マイシュウロンは、しょぼいしょぼい。
(「しょぼしょぼ」という表現は今の目の状態にぴったり。「しょぼ」ってどこから来たんだろ。最初に使った人はエライ。)

昨日は仕事初め。ビル全体が冷えきっていたので、夕方になっても暖房が十分には効かなくて、手足の先が死人のように冷たくなった。家に帰ると、くしゃみを連発。貼るカイロで応急処置をして、なんとか生き返った次第。冷えたせいで胃が痛くなり頭痛もしてきたので、時間が惜しいけど悪化は避けたいので早めに寝た。
今日は朝からダイニングテーブルを占領してずっとPCに向かう。ベランダからの陽射しがまぶしいなーと思っていたのに、ふと気づいたら薄暗くなっている。半年くらい前から、これくらい根をつめていたらねぇ。。

先月買った本『ブルース 複製時代のフォークロア』(湯川新)は法政大学出版局の発行。ブルーズの歌詞に常套句があるというのはよく知られているけれど、この本は旋律のパターンを分析しているのが珍しい。楽譜も多くてややマニアックと、どこかのレビューにあったのだけど、読んでみたら旋律の分析は先行研究の紹介だった。歌詞については、ブルーズの歌詞を知りたいという一般読者にはおもしろく読めるかもしれないけど、分析というには物足りないかな。

興味深かったのは、1927年の黒人世帯の調査によれば「調査対象313世帯の19%が蓄音機を所有していた―ラジオは皆無―」だったこと。2割足らずというのはあまり多い数値とはいえないけど、ゼロに比べたら有意といっていいよね。。いいかな?
「レコードは20年代にあっては、黒人たちの共有する唯一のマスメディアでもあった。」
レコードよりも早くシート・ミュージックのブルーズが世に出たけれど、譜面の消費は主に白人によるものだった。文字や楽譜の読めない黒人にとっては、やはりレコードが重要な役割を果たしたんだなあ。

ブルース―複製時代のフォークロア

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2010/12/24

TNPを知らないのかっ! ジョー・ターナーは?

「TNPを知らないのかっ!」とTVから鋭い声が飛んできた。「え、えっと、テテテ、テクノロジ…」とかなんとか考える間もなく「低燃費」とコタエが出てコケる。車のCMだった。さっそく相方に「TNPって何かわかる?」と聞くと、「トリニトロ…? どういう業界用語?」と物騒である。「てーねんぴっ!」と威勢良く正解を言うと、飲みかけていたビールを吹きこぼした。

ジョー・ターナー・ブルースという曲がある。一度サクっと調べたことがある。実在したJoe Turner(正しくはTurney)はテネシー州の知事Pete Turneyの兄弟。黒人たちをクラップス(さいころ賭博の一種)におびき出しては逮捕し、労働力としてプランテーションに送り込んだという。奴隷解放後の南部では奴隷の労働力の穴埋めが必要だったのだ。自称「ブルーズの父」W.C.Handyは、残された女性たちの嘆きをもとに Joe Turner Bluesを書いた。ってことになっている。

今回、歌詞を調べているうちに、Joe Turnerには「いいもん」と「わるもん」の二人が存在すると判った。それどころか、Big Bill Broonzyは、「Joeがニグロで、Turnerは白人」なんて言う。かれの歌うJoe & Turnerは、匿名で貧しい人々を救ういい人なのだ。

Handyはというと、囚人の話はカットして恋愛ものに変えている。Joeは去ってしまった恋人。歌詞をみると、たしかにベイビー!なんて呼びかけている。

昔のブルーズはタイトル違いで同じような曲があったり、同じ曲で歌詞が少しずつ違っていたりする。このJoe Turner bluesも、ケンタッキーとジョージアではまた別のタイトルで存在するらしい。
でも、「わるもんのジョー・ターナー」はかなり知られている(たぶん)ので、このbluesの内容との相違はびっくり。と同時に興味深い。Handyは明らかにbluesを「作って」いる。安易に「昔から歌い継がれて…」なんて言うたらあかんね。気をつけなくては。

Father Of The Blues: An Autobiography (Da Capo Paperback)

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