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2014年10月

2014/10/31

フェイドアウト

学生証が使えなくなって早1か月。よくプロフィールで見かける単位取得満期退学というアレ。どういう手続なのかと思っていたが、コース指定の単位数を取得し、在学年数を満たした後に退学届を出したらアレになる。実際はアレになってもゼミに顔を出す先輩もおられたし、なんというか終止感がなくひっそりとフェイドアウトしてゆくエンディングである。

その一方で、昨年から細々と始まった新しい仕事。もちろん、初めて教壇に立った「せんせい記念日」はあるけれど、他の仕事や学生を続けながらだったので、こちらもまたフェイドインに近い。オーケストラの中のパートがひとつ増えて音が少し厚くなったかんじ。これからも、ちょこっと別の楽器が顔を出したり、引っ込んだりしながら、たどたどしい音楽を奏でてゆくのだろう。

今はここ10年ほどの間でいちばん心穏やかな時期かもしれない。心配事はあるけれど、夢にまで見るようなプレッシャーから解放されたのが大きい。といっても、本当はロンブンを書かねば!というプレッシャーは今もあるハズなんだけど、それは頭から追い出しているので。あと少し、この穏やかな日々を楽しみたい。

と言いつつ、所属する会社や大学がないというのは、なんとも落ち着かない。経済的なことも考えて、近所の求人に応募しようかと心が揺れる。でも、いろんなことを止めて今の環境にたどり着いたのだから、この状態をたいせつにしなくては。しばらくは翻訳の通信教育と近所の生涯学習講座(このネーミングなんとかならないのか)で勉強する予定。

すでに何回か、翻訳の課題(英日)を提出したけれど、今参加しているところでいいなと思っているのは、他の参加者の訳文をいくつか読めること。同じ英文を他の人がどんなふうに訳しているのかを見ると、自分では思いつかないような言い回しや読みやすくするための工夫に気づかされる。もっとこなれた日本語が書けるようにならなくては。この週末は3つの課題に取り組む。提出がぎりぎり(締切日の23:59とか)にならないよう何事も早目にがんばろ。

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2014/10/28

幻のギャレス来日/「階級」を超える合唱団

先月のこと。突然、ギャレス・マローンで検索してくる人が増えた。何年ぶりだろう。ギャレスの番組が放送されるといつも、このサイトの右コラムにある検索フレーズランキングにギャレス・マローンという文字がずらりと並んでいた。でも、先月は放送はなかった。じゃ、何があったの?と思ったら、なんとギャレスご本人が日本に来ていたらしい。

アジア文化芸術交流促進連盟日本(FACP日本)の第32回日本会議が、9月11日に川崎で開催され、その基調講演に招かれたようだ。講演のタイトルは"The Power of Music"
こちらのサイトに写真があったけど、あまりクリアじゃないです。

ネット上を探しても、今回の来日情報はほとんどなかった。もっと宣伝すればよかったのに。といっても、一般向けのイベントじゃないから仕方ないのかな。 ギャレスのFBページはフォローしているけど、日本に来ているなんて書いてなかったし、オフィシャルサイトにもなんの記載もない(というかサイトそのものが、あまり頻繁には更新されていない)。

あとは本人のツイッターだけが頼り。と思い、遡ってみたけど、8月末から9月末まで飛んでいる。「ジャパンなう」くらいつぶやいてくれてもいいのにね。ギャレスにとって日本ってインパクトなかったのかな、とちょっとさみしい。まあ、そのなんとか連盟の会議のためだけに来たのなら、弾丸ツアーだったかもしれないし、記憶に残るようなこともあまりなかったかもしれない。残念なことである。

ちょうど、見逃して地団太踏んだギャレスの合唱団シリーズが、今月になって再放送された。「ギャレス・マローンの職場で歌おう!」(原題:The Choir  Sing While You Work)
録画したのをやっと見終わった。シリーズも回を重ね、なんというか、手のうちはわかっているのだけど、それでも毎回、心にぐっとくるものがあってうるうるしてしまう。
正直にいうと「音楽が人をつなぐ」なんてクリシェみたいなフレーズは好きじゃない。でも、ギャレスが試行錯誤しながら、ばらばらだったメンバーをまとめ、ひとつの合唱団を作り上げてゆくのを見ると、その言葉がまさに実践されているとわかる。

どんな集団にも、合唱団なんて。。と斜めに構えている人が必ずいる。でも、いつのまにか歌う楽しさにハマっている。自分も気づいてなかった自分を見つけて驚いている。ひとつのことをやり遂げたと誇らしげに語っている。ほんとうにすごいことだ。
ギャレスが、メンバーに寄り添い、持てるものを引き出そうと努力し、褒めたり、励ましたりする様子は心動かされると同時に、とても勉強になる。

今回は4つの職場で合唱団を作り、競い合うというものだった。それぞれの職場で普段はすれ違うことさえないような人たちが、力を合わせて、歌で自分たちを表現しようと努力する。イギリス的だなあと思わされたのは、合唱団のメンバーが職場での人間関係について「普段は『階級』が違う人と話すことはないんだ」と言ってたこと。(※)
たとえば、ガラス張りのオフィスの高層階にいる経営陣と現場の作業員、病院で「あの先生を怒らせるな!」と恐れられている偉い外科医と配膳係の若者。最初は互いのぎこちなさが目立っていたが、次第に歌を通して仲間意識が芽生えてゆくのが伝わってきた。

もうひとつ、ギャレスが心を砕いていたのは、感情をおもてに出すということ。仕事上、どんなにストレスを感じていても、それを顔に出せない人たちに、歌を通して心を解き放ってもらいたいというのだ。「感情を顔に出したりはしない」と断言していたメンバーも、最後には笑顔で歌っていた。
このシリーズはイギリスで2012年に、その翌年、第2弾(Sing While You Work Series 2)も放映されている。日本でも、もう少し早く観られるようになるといいな。

(※)但し、吹替のセリフ。原語は未確認。

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2014/10/20

黒い土の秘密

ウブドを歩くと道路脇に土の山があって、歩きづらいことがある。通行量の多いラヤ・ウブド通りなんかだと、ひやひやしながら歩かなくてはならない。この夏、1年ぶりに訪れたウブド界隈は相変わらず、新築、増築中の建物が目についた。お宿、レストラン、カフェ、スパ等々、観光客や長期滞在者のニーズに応えるための建築ブームなのだろう。人気の田園風景をめぐる散歩道を歩いても、視界を遮るものが増えていることに唖然とする。

観光立国いや観光立島というべきバリの発展は、肝心のバリの魅力を犠牲にして成り立っているのではないか。訪れるたびにウブドは変化している。田んぼに囲まれたロケーションに魅せられて、絶対、泊ってみたい!と思ったホテルも、翌年行ってみたら、目の前に新しいヴィラができていた。。笑えないホントの話。

道路脇の土の山は建築ブーム、観光ブームの象徴だろう。しかし、この土はいったいどこから来るのか?
その背後の事情を追った記事を読んだ:"Black Sand: Ubud Backstage"

以前、バリ島東部へ行くとき、たくさんのトラックを見かけた。重いトラックが走るので、道路はボコボコだとドライバーさんが話してくれた。実際に穴があいている場所もあった。そのときの話では、アグン山から土や砂利を運んでいるということだった。あまり気に留めなかったが、事態はかなり深刻なようだ(但し、記事はアグン山ではなくバトゥール山の話)。

トラックが工事現場にやってくるのは夜だ。ウブドなどは昼間の交通渋滞が激しいから、夜しか身動きが取れないだろう。通りに土を下ろしたトラックは、バトゥール山へと戻り、夜明けとともにまた活動を開始する。火口原(crater floor )の周辺を走り、呼び止められるのを待つ。地元の人たちがふるいにかけた土を買い集めると、また工事現場へと向かう。ウブド近辺でトラック1台分の土砂が120万ルピア(約1万円強)で取引されているという。

サンゴ礁からできる白砂が枯渇した今、バトゥール山の黒い土 "Batur Black"は新しい資源であり、今の建築ブームを支えるために欠かせない。そして、この新資源は、これまで火口原という貧しい地域に住んでいた住民にかつてない経済効果をもたらしている。 "Black Sand"が"Black Gold"(石油)と呼ばれる所以だ。
ほとんどの場合、一般市民が自宅の裏庭や他の土地を見つけて掘っているのだが、中には事業として行われている場合もあり、数十メートル幅で十メートル以上の深さを掘削しているところもあるという。範囲はどんどん広がり、家や道、村や寺に行き当たってはじめて作業をストップする。今では家も寺も、不安定な崖の上にかろうじて建っている状況である。

このような資源開発では、環境が破壊され、最後には資源が枯渇するに至る。従来見られたのは、外部の企業が地域コミュニティを搾取するという構図であったが、バトゥール山周辺の場合は、地域コミュニティが自らの土地を切り刻んでいるのだ。
その行為は環境を破壊し、しかも違法であると、だれもがわかっている。しかし、地方自治体は見て見ぬふりをしている。そこには政治的な思惑がからんでいると筆者は指摘する。

リンク先から、わたしが衝撃を受けた写真をお借りした(©Rio Helmi )。美しい棚田の風景とは対照的で、これがバリの有名な観光地の近くだなんて、にわかには信じがたい。それでも、これもバリの現実なのだ。持続可能な観光とは何か、新大統領のもと、バリの未来を再考しなければ。

Blacksand_3

 

 

 

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2014/10/13

破格値の謎 を推理してみた

バリ島在住の知人が某所にUPした写真を見て、以前から不思議に思っていたあることが甦った。それは我が家にもある家庭用品なのだけど、なんと日本の10分の1(またはそれ以下)というありえない値段で売られているという。通常、こういう商品は日本よりも高いのにと、その方もびっくりしておられた。

以前、働いていた業界で、よく警告書なるものを目にした。自社の製品の模倣品対策として、訴訟を起こす前に「権利侵害はやめてね。そうしないと法的措置をとるよ」と一言警告するのである。もちろん、そう言えるだけの権利を有していることが前提である。 警告されたほうは、権利侵害であるかどうかを見極めた上で対応策を考える。単なる「はったり」で、権利侵害に当たらない場合や、警告者の権利を覆せる可能性もあるので、警告書が届いた途端あわてふためく必要はない。
でも、ほんとうに相手の権利を侵害しているときは、速やかに類似品の製造を中止し、市場に出回っている製品を回収しなければならない。 それでいつも疑問に思っていたのは、回収した類似品の行く先である。そのまま廃棄処分にされるのだろうか? それはあまりにも、もったいない気がする。

先の知人がUPした写真の話に戻ると、実は、かつての勤務先で、その家庭用品の調査をしたことがある。依頼の経緯はよく覚えてないのだけれど、実物を頂戴して、我が家でも早くから愛用していた。その後、新聞がその家庭用品を取り上げて記事にしているのを見かけた。ちょっとしたアイデアで生まれた大ヒット商品ということで、類似品も多く出回っているようだった。

ひょっとして…の話だけれど、権利者が警告書を送りつけた結果、日本での販売をあきらめた後発の会社が、回収した製品を他の国に流したという可能性はないだろうか。まったくの憶測だし、名誉棄損になってはいけないので、具体的な製品名や会社名は書けないけれど、調べた範囲では特実意の権利は持ってなかった。さらに、関連ブログに製品の特徴を紹介するキーワードが書いてあったのだけど、それがまさに権利を有する会社の特許請求の範囲に書かれているキーワードで、これ見つかったらまずいよーと他人事ながらハラハラしてしまう。

そんなわけで、これは警告受けたんじゃないかなあと推測した次第。でも、廃棄するにも費用がかかるから、安くてもとりあえず売れてくれたら御の字という状況だったのかもしれない。また、メーカーから仕入れた販売会社が処理に困って、海外に放出という可能性もあるだろう。

ということなので、安いからといって大量に買い込み、日本に持ち帰って売ったりしたら、警告を受けるかもしれないので要注意。まあ、親戚、友人にこっそり配るくらいなら大丈夫だけど。こんどバリで見つけたら、話のタネに買ってみようかな。(^^;)

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2014/10/10

西オーストラリア州のアボリジニとバリ人が直面する問題

先月、南の島から帰ってすぐに法事、非常勤開始、学会、台風(?)と続き、気がついたら10月に突入。後ろ髪を引かれつつ別れを告げたウブドでは、今年もウブド・ライターズ&リーダーズ・フェスティバルが開催された。数年前にこのイベントの存在を知ったのだけど、大学が10月から始まるので参加は無理。大学を出た暁にはきっと・・と期待したけれど、昨年から始めた仕事では、さらに早く、9月半ばから後期が始まるので、当分、参加は絶望的である。まあ、日程的に可能だとしても、チケットがびっくりするくらい高いので(4日間通しチケットで今年は約4万円)、実際に参加する可能性はほとんどないのだけど。

なぜウブドで? どういうライターが集まるんだろう? ウブドにゆかりのある人たち?と素朴な疑問を抱いていたのだが、最近、ある記事を読んで初めて、このイベント開催に至ったいきさつを知った。(ちなみに、これまで日本人はあまり参加してなかったと思うのだけど、今年は水村美苗さんの名前があった。)
Reflections on Ubud Writers & Readers Festival – Michael Vatikiotis

フェスティバルが始まったのは 2003年。前年のバリ島爆弾テロ事件が引き金となり、観光客が激減し、停滞する島の再生をかけて企画されたという。記事によれば、最初は主にオーストラリア人(=バリ島を訪れる観光客の圧倒的多数を占める)がこのイベントを率いていたようだ。テーマもイスラム教やイスラム過激主義に関するものが多かった。しかし、回を重ねるうちに参加者の国籍も多様になり、テーマ対象も拡大し、時代を映し出す国際的イベントへと成長してきた。たとえば、今年は難民問題に関するパネルや、カースト、階級についての議論が行われたそうである。

そのような中で、たまたま見つけた次の記事が紹介する対談はとても興味深いものだった。
Being a Custodian: What This Means to a Balinese and to an Indigenous Australian Custodians

パネリストは、西オーストラリア州の先住民 "Nhanhagardi族"Clarrie Cameron とバリ島最古の村 Tengananの村長を務めたことのある Nyoman Sadr。
Nyomanは、学生や研究者からの質問に答えるために、自分の村についてもっと知らなければと調査を開始してみて、あることに気づいたという。それは、文字で記録されたものがあまりないということだ。村の老人たちに聞いてもわからない。代々伝えられてきたさまざまな知識には、なんらかの意味があるはずなのに、若い世代がそれを知る術はない。

Clarrieの場合は、また別の問題がある。アボリジニについての記録はあるが、それを書いたのは「白人」であって、かれら自身ではないという点である。アボリジニが "nomad"という言葉で表されていたことについて、かれは違和感を覚えた。書き手にとって、アボリジニは国中を彷徨っているように見えたから、ノマドと呼んだのだろう。しかし、Clarrieによれば、かれらは 100mile(≒161km)平方にわたって行動し、その範囲であれば、どこでも自分の"home"だと思っているという。だから、ノマドという言葉はあてはまらない。

だれが、だれの言葉を使って、だれの基準によって、記録するのか・・というのは重要な問題である。Clarrieは英語を話さないアボリジニのために、かれらの声を代弁する責任を感じているという。そして、かれの叔母が亡くなった今、かれらの言語 "Yamatji Languag"を守るのは自分だけだ、と責任の重さを語っている。

一方、Nyoman もバリ語が廃れていくことについて危機感をもっている。バリの若者は、バリ語と英語、インドネシア語をごちゃまぜにして話しているという。実際に、バリの友人に聞くと、家庭ではバリ語を話しているけれど、文字を読むのは難しいらしい。

Clarrieは、アボリジニの言葉を教室で教えるのではなく、子どもたちを外に連れ出して話すべきだと主張する。「生きている言葉」で、植物や果物について伝えることが最良の方法だと考えているのだ。それも一理ある。しかし、従来「口承」に頼った結果、文字による記録がないという事態を引き起こしており、それをまた繰り返すことになるのではないか。言語そのものが危機に瀕している以上、まず、それを記録する必要に迫られているように思う。

この記事を読んで、国や地域を問わず、口承による文化の継承が途絶えるという問題に直面している人々がいるのだなあと思った。口承文化と文字文化は二項対立的に捉えられてきたけれど、考えてみれば、どちらも言語ありき、という点は変わらない。では、たとえばバリでみられる数々の儀式や舞踊のような、言語を介さない文化を伝える場合は、なんと呼ぶのだろう。主に視覚と身体を使って獲得し、継承してゆくもの。厳密な意味では「口承」ではないけれど、直接性という点は共通している。

バリに行くといつも、インドネシア語を勉強しなきゃと思うけれど、こんど機会あれば、いつも行くハイスクールのバリ語の先生にちょっと教えてもらおう。

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