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2010年11月

2010/11/29

サーカスふたたび・おしり交換

少し前のこと。ロンドンにある特許事務所から移転通知が届いて回覧されていた。ふと地図を見ると、真ん中あたりにぐるりと円を描くロータリー。そこには「xxxxx circus」と書かれていた。あー、やっぱりサーカスってこのことなんだー!(関連過去ログ

indicateとsuggestのどちらが精度の高いときに使うんだっけ?と思って過去ログを検索した。卒論書くときに調べたのにすっかり忘れている。
suggestは「直接の言及や証拠もなく暗示する」
indicateは「6~7割の精度で正しさを示す」
どちらにしても、あまり確証がないニュアンスなので先行文献の記述を紹介するときは避けたほうがよさそう。卒論はデータを扱っていたのでやや科学寄りの文章だったように思う。ブンガクの場合はちょっと使う用語が違ってくる。ワンパターンにならないようにしながら、上記のような使い分けにも気をつけなくては。

あいかわらず「however」が多い。あと断言を避けようとして「might」をやたら使っているけど、これはどうなんだろ。とにかく、まずは最後まで書いて(英語はしっちゃかめっちゃかで)、それから単語の選択などについてチェックしよう。時間切れにならなければいいけど。

週末、ビリー・ジョエルが"hip replacement"からリカバリ中というニュース記事を見つけた。おしりの交換ってなに~?と思ったら、"hip replacement"で人工股関節置換術のことだった。股関節はふつうhip jointでいいみたい。そういえば、英語のhipの示す範囲が日本語のおしりとは違うんだよね。

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2010/11/27

スケッチ日和

青空がちらりとのぞく三色彩道へ。いつものように携帯電話をかざして歩く人のほかに、今日はキャンバスに向かう絵描きさんグループがいた。写真だと、こっちから、あっちから、見上げて、振り返って、近づいて。。。と瞬時にいろんな角度、方向で風景を切り取ることができるけど、1枚の絵のために場所を選ぶって大変だろうなぁ。
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いつも思うけど、絵が描ける人ってうらやましい。音を紡ぐ人も。なんにもできないわたしは、じっと、ただじっと見つめて、想い出の壜詰めに閉じ込める。
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あたまの中で鳴っていたのは、フラナガン大師匠の♪There Will Never Be Another You(from "You're Me")。落ち葉のかさこそ感が大師匠の軽やかなピアノのイメージとぴったり。こんな明るい色味の紅葉で気分も軽やかに。
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2010/11/23

お墓の前で

両親のお墓ができた。完成したと連絡を受け、確認のため見に行ったときは、父と母それぞれの最期の数日間を思い出し、こみあげる嗚咽をおさえることができなかった。
今日は開眼供養と納骨の法要。40年以上前の母のツイードのコートを初めて着て出かけた。
いろいろ迷って時間がかかったけど、弟たちと一緒に一仕事終えてほっとしている。ようやく落ち着いたよ、と両親も喜んでくれてるかな。

うちのお寺さんは準備するものも細々と指示されるし(いもうとが全部準備してくれた。多謝!)、おまいりの仕方もかなり丁寧だと評判である。立ち会ってくださった業者の担当の方も「しっっかり拝んではりましたねー」と感想を洩らしてはった。でも、そういうひとつひとつの過程を経ることで、弔いの儀式にしっかりと加わっていると実感できる。これが最後の親孝行かな。
いや、実はこっそり母のお骨を少し預かっている。それを思い出のカナダに撒きにゆくという仕事が残っている。

ざわざわしていた気持ちも少し落ち着いた。明日からは気持ちを切り替えてシュウロンの追い上げを! あ、その前にゼミの担当が。。。

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2010/11/22

海はラピスラズリ、ココは極楽

昨日、スーパーで買出しをした後、車で三色彩道を通り抜けた。駅前の大きな交差点を曲がって坂を上ると、前をゆく車は2台とも道路わきに停まった。やっぱりね。青く澄み渡る空に紅葉が映える。
「空はトルコ色」・・・マヨルカ島を訪れたショパンの言葉をつぶやく(←土曜日にTVで松下奈緒がショパンの足跡をたどる番組を見た影響)。
「海はラピスラズリ、山はエメラルド、そして空気は天国のよう」

ラピスラズリそのものが好きなわたしは、「海はラピスラズリ」というフレーズが気に入った。でも「トルコ色」はどうも収まりが悪い。トルコ石の色ってことだと思うけど、トルコ色って言うのかなぁ。元が何語か知らないけれど、英語ならきっとターコイズ。だったら、空はターコイズ、海はラピスラズリ・・・のほうがいいのに。

今日は一転、雨模様。昨日散歩すればよかったと思いつつ、駅までの道を歩く。あいにくのお天気にもかかわらず、三色彩道は三々五々人がそぞろ歩いている。太陽のいない散歩道はしっとりと落ち着いた趣。
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3人連れのおばあさんとすれ違ったとき「いやぁ~、極楽やなあ」と感嘆の声が聞こえた。マヨルカ島にも負けへんで。
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2010/11/21

洗面所にドレッシング?

もう見慣れたけれど、我が家の洗面所で妙にめだつ存在のドレッシング・ボトル(左)。
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相方がトニックの業務用(1リットル)を移して使っている。わたしの化粧水よりも割高なので、エコ&節約のためにと探したら、ちゃんと業務用があったのだ。最初に買ったのは右の青いボトル。見た目が気に入ったのだけど、トニックにしては1プッシュで出てくる量が多過ぎるらしい。それで本人が見つけてきたのが、このドレッシング用ボトル。わざわざドレッシングとシールまで貼ってある。冷蔵庫に入れておいたら、相方のことだから気づかずにサラダにかけてしまうだろう。いや、今のわたしこそ、平気で食べてしまうかも。

そう、まだ戻らない…ニオイと味。でもおなかは空くのだ。食べても味がしないから、とてもむなしい。こんなことなら、いっそのこと食べられないほうがまだマシな気がする。今年は珍しくボジョレ・ヌーボーなぞ買ってみたのに、無味無臭では意味ないから、まだ開けてない。食べようという気持ちになれないので、当然、つくる気力もわいてこない。
今夜は相方におまかせ。なにが食べたい?と聞かれても、なに食べても一緒なんだから答えようがない。今日は一瞬、コーヒーや黒豆茶の香りがした!と感じたけど、すぐに無臭の世界に引き戻された。

無味無臭とは関係ないけど、使いさしの香水をリサイクルに。。買ってみたものの期待した香りじゃないとか、使っているうちに飽きてきたとかの理由で放置していた4本を知り合いにもらってもらったのだ。少し前から、家を片づけようとある方のブログを見習って1000個スローアウェイプロジェクトを始めている。その一環として。
今回の処分品は、ベビードール(イヴ・サンローラン)、ブルガリのオーデパルファム、Forever and ever(ディオール)、アナスイ・オードトワレ。どれも無難な線だけど、この中ではアナスイがちょっと独特かな。ボトルも気に入ってたんだけどね。ブルガリは好きだと言ってた人にあげたので使いきってもらえるはず。よかった。
においがわからないと香水もどうでもよくなるし、バスソルトやお香の楽しみもなくなってしまう。早くこの味気ない世界から脱出したい。

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2010/11/17

子守唄は恨み節!?

図書館で借りてきた『小泉文夫 フィールドワーク 人はなぜ歌をうたうか』は小泉氏の講演や対談を集めたものでとても読みやすい。気になる「子守唄の社会学」の章から読み始めたら、もう、へぇ~っ!というコトばかり。以下、へぇ~メモ。

子守唄の歌い手が母以外という例が世界にはかなりある。北欧では男性も歌う。南太平洋あたりではおじいさんが。マオリ族はおじいさんの集団、村の長老みたいな人が集まって歌う。その場合、集団の歴史を教えるという意味合いが濃い。

子守唄は一般に「眠らせうた」が多いが、「遊ばせうた」、「あやしうた」もある。

エスキモーのように非常に単純な社会構造においては子守唄も単純。つまり統率者がいない社会、加えて外敵のいない社会。そこでは部族のまとまりはあまり重要ではない。

世の中の人間同士の横のつながりが強くなればなるほど子守唄は豊かになっていく。ところがある段階以上になると、今度は子守唄がかえりみられなくなるというか、少なくなっていく。これは外敵が出てくる段階。そのために村を自衛する必要がある。社会の横の結びつき方のほうに集中してしまい、赤ん坊のことにあまり注意を向けていられなくなる。

音楽は子守唄に限らず、封建社会(階層化された社会)を経験するかしないかで猛烈に変わってくる。階層化が行われた社会の子守唄は恨み節となる。日本にも残酷な恨み節がある(四国の例こわすぎ!)。

ヨーロッパの場合、揺り籠からの連想で船乗り関係の歌が多い。船乗りの奥さんは、船で出て行って長い間帰ってこない夫を待っている。夫は行く先々の港で別の女と遊んでいるかもしれない。自分はずっと赤ん坊と一緒に旦那の帰りを待っている…ということで恨み節が生まれる。

・・・というわけで、子守唄の研究をしたくなるくらいおもしろい。最近、イクメンが話題になってるけど、これからは日本でも「男もすなる子守唄」が増えてくるかもしれない。恨み節じゃなければいいけど。

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2010/11/16

まいどおなじみの三色彩道

風邪をひいたみたい。昨日からニオイと味がさっぱりわからない。悪化させたら大変!と昨日さっそく病院に行き、処方してもらった薬を飲んでいるのに、まだ無味無臭の世界。これではなんにも食べたくない。

どうしても今日出さないといけない手紙があったので外に出たついでに、いつもの坂道の紅葉を見に行った。ちょっと歩いたほうが身体にもいいかもと思って。
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毎年のようにココに書いているので、同じような写真だと思うけど、好きな風景、お気に入りのポジションがあるんだよね。
今日はデイサービスセンターのマイクロバスが何台も来ていた。みなさん、うれしそうに「きれいやな~」ってうなずきあってはった。
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家に帰りしばらくして、玄関でちいさな侵入者発見。きっと、わたしについてきたんやね。
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2010/11/11

しっちゃかめっちゃか

今日もダイニングテーブルで勉強中。キーボードは別のPC用のを外して使っている。わたしの勉強部屋は無線LANが入りにくかったけどココなら大丈夫。ちょうど親機を新しいのに替えたところだったので新しく設定をする。前のはBurnと命名されてた。今度はHighway Starである♪

「ムカデコロリ」とかのスプレー缶ってどうしてあんなに不気味なイラストが描いてあるんだろう。昨日わざわざ帰りにドラッグストアに寄ったけど、あれがイヤで買うのをやめた。ケムンパス(古っ!)みたいなイラストにすれば迷わず買うのに。あと、予防策としては何を撒けばいいんだろう。週末はコーナンにでも行ってみよう。

それにしても、いきなりキーボードの上にいたというのが信じられない。今、PCに向かっているそこのあなた! 目の前にキーボードがあるなら、そのGHJあたりにムカデがいてあなたを睨んでいるのを想像してみて! ねっ、怖いでしょ~! 部屋を片づけようと思うけど、ガラクタの山の影に潜んでいそうで近づけない。ひょっとして開かずのクローゼットの中に。。。いや、想像するのはやめておこう。

昨日のゼミのときシュウロンポウ(!)進捗状況を聞かれたので、英語が出てこなくてなかなか進まない…というと、「しっちゃかめっちゃかな英語でもええから、とにかく書くことや。書かんと話にならへん」と言われた。ほんっとにそのとおりだと思う。とにかく最後まで書かなくては。ところで「しっちゃかめっちゃか」って面白い言葉だけど全国的に通じるのかな。語源が何か気になる。

今日は発表準備のために次のテクストを読むのを優先。しっちゃかめっちゃかな英語はこれから書くところ。何行書けるかなぁ。

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2010/11/10

深夜の絶叫・ムカデ on keyboard

2010年11月9日深夜。勉強机に向かい書類を眺めている。書類をよけると、その下にはいつも使っている外付けキーボード。しかし、そこにはいつもと違って異様な物体が存在した。キーボードのちょうど真ん中付近。キーでいうとGHJのあたりに、あの、やたらと足の多い生き物がさも当然のように居座っていたのだ。キーボードの色が黒なので、その生き物は背景にかなり溶けこんでいるように見える。

目が合った。その生き物がいったい何であるか理解するよりも早く、気がついたら叫び声をあげていた。自分の声じゃないみたい。どこからか悲鳴が聞こえて、それによって何か大変なことが起きていると気づかされた。そんな感覚。
絶叫マシンで叫んでいるときは、自分が叫んでいることを認識している。あまりに叫びすぎて疲れたときは、もう叫ぶのをやめよう、と自分でコントロールできる。しかし、昨夜の絶叫は自分で認識できるものではなかった。危険を察知した生物の本能的な叫びなのだろうか。

あー、ホントに怖かった。こちらを凝視したエイリアンの顔が今も目に浮かぶ。
なんで? なんで、キーボードの上にいるわけ? うちに住んでるの? なんか不満があって出てきたの?
実はこれが初めてではない。昨年だったか、一度、台所のシンクに出て大騒ぎをした。ベランダで見かけたのが1回、共用の階段でも1回すれ違った。今回は至近距離で睨まれたから恐怖感も倍増。いや百足だから百倍。ホント、エイリアンみたいだった。なんとかこの記憶を消し去らないことには、この家で生きてゆけない。

幸い、相方が帰宅していたので(わたしの絶叫は無視してTVを見てたけど)トングで捕獲してくれた。以前、お湯で退治すると教えてもらったけど、お湯が沸くのが待てないのか、ペーパータオルとビニール袋でぐるぐる巻きにして冷凍した。あとからネットでムカデ情報を調べたら、火箸でつかむ…と書いてるのがいくつかあったけど、いまどき火箸はないでしょう。それに相方はお箸を使うのが下手なのでトングは正解。そのトングは今後、ムカデ専用として道具箱行きに決定。

シュ…は第2章の流れがぐちゃぐちゃで着地点がどこかわからなくなってしまった。ちょっと距離をおいて、他の章(他の作品)を進めてから戻ることにしようかな。エイリアンのせいで、しばらく勉強部屋には入りたくない。ひとりの時間はいいけど、リビングは落ち着かないし困ったな。

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2010/11/07

サマータイムが終わった

スーパーのレジに貼ってあるカレンダーを見て、今日が立冬だと気づいた。暑かった夏の記憶が強烈に残っているのに、いきなり冬だなんていわれると戸惑ってしまう。ニュースをみると、アメリカのDSTことサマータイムが今日で終り、標準タイムに戻るらしい。立冬までサマータイムが続いてるなんて知らなかった。ずいぶん長いんやね。"Spring forward, fall back"という表現も初めて知った。うまいこと言うね~。

For most Americans, daylight saving time ends in 2010 at 2 a.m. on Sunday, November 7, when most states fall back to standard time. Time will spring forward again on March 13, 2011, when daylight saving time resumes.(コチラ参照

ココをみると、サマータイムの期間は国によってバラバラ。イギリスは10月31日にすでに標準タイムに戻している。アメリカの場合、切替は混乱を最小限に抑えるために深夜2時に行われるのだけど、それにしてもいろんな機器の時刻を修正するのは面倒だろうなぁ。毎年、何人かは時間を間違える人が出てるんじゃないのかな。
今年はiPhoneのアラームアプリでトラブルがあったらしく、イギリスで寝坊社員続出だとか。先にオーストラリアで同様のバグが報告されたけど、これから夏になるほうなので1時間早くアラームが鳴ったらしい。ホントややこし~。

どうせなら冬時間は、遅く起きて早く寝るパターンのほうが理にかなってるのでは? 体調いまいちなので今日はひとり冬時間。早く寝よ。

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2010/11/06

シルバー★ウェディング

銀婚式ではない。新婚ほやほやアラカンご夫婦の結婚祝賀会。この目で見届けるまで、周囲はみんな半信半疑というか9割以上懐疑的だったと思う。別に法的な形式にこだわらなくても…という声も多かったみたい。けど、しあわせのかたちはそれぞれなのだ。某氏の頬はゆるみっぱなし。ほんとうによかったなあ。

「こんな幸せな時間を過ごせるなんて夢のよう。感謝の気持ちでいっぱいです」と胸をつまらせる奥様の言葉が静かに波紋を呼ぶ。
感謝しなきゃいけない。。ときどきは思うけど、それ以上に、感謝してほしいと思うことが多い。既婚の同僚もそう感じてたみたい。よかった、仲間がいて。

解散後、まっすぐ帰るつもりが、たまには…30分だけ…とつい長居して激しく後悔。ちょっと気を引き締めなきゃ。もう、原稿零行の日をつくったらあかん。数日前から寝つきが悪くなり、3時間も寝てない状態だったので身体もだるい。風邪をひくわけにもいかないし、しっかり体調管理しなくては。最近は生姜紅茶がお気に入り。

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2010/11/03

ベートーベンは汗クサイ!?

先月録画した坂本龍一の「スコラ 音楽の学校 特別講座」をやっと見た。浅田彰、小沼純一との鼎談で、若い頃はうるさい親父みたいに説教クサイので避けていたベートーベンを見直すという内容。
優美で流麗なモーツァルトとは対照的に、ベートーベンは筋骨隆々たる労働者の音楽で汗クサイ、というのを坂本教授が実際にピアノを弾きながら解説してくれる。これでもかっ!というエンディングのしつこさや、れんが職人のように断片的なフレーズの積み重ねなど、どれもなるほどーと思えるし、とってもおもしろかった。また、同時代のヘーゲルやナポレオンの影響の考察も興味津々。「第9」の第4楽章はそれまでの3つの楽章を引用しては否定するという構成になっている(実際に聞いてみた)…なんて衝撃的!

坂本教授は芸大時代、ほとんど授業はサボっていたけど、尊敬しているある先生の授業だけは欠かさず出ていたという。それが小泉文夫。民族音楽研究の第一人者である。ちょうどおととい、小泉先生の本を読まなきゃと思っていたところ。
ある本に、労働と音楽との関係についてエスキモーの例が挙がっていた。「いつでもカリブーを捕まえることができ、狩をするとき特殊な協力関係を必要としないエスキモーはうたう習慣がなく、逃すことのできない数少ない機会に精妙な協同を実現しなければならない鯨を獲るエスキモーは、ふだんから歌によって拍子を合わせる訓練をしている」というもの。これは小泉がフィールドワークを通して発見したらしい。(市田良彦.『ランシエール 新<音楽の哲学>』)

番組に触発されて、なんとなくベートーベンを弾きたくなった。ピアノの蓋と椅子の上のあれこれをよっこいしょ!とのけて、楽譜を引っ張り出す。悲愴ソナタの第1楽章。筋骨隆々の和音。何年ぶりだろ。。30年?えっ、もっと? レッスンではやらなかったけど、今は穏やかな2楽章を弾きたい気分。でも、こんなことしてる場合じゃないよー。今日はまだ原稿0行だから。

小沼による特別講座のリポートはコチラで。番組ではカットされた内容も紹介されている。京都造形芸術大学での公開講座、観たかったなぁ。

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2010/11/01

迷ったらイテまえ精神

この時期になってまだ迷っているというのもどうかと思うが、来春からの身のふり方が決まってない。後期課程に進むのがフツーなのだろうけど、ケンキューシャをめざしているわけでもないわたしはフツーにはあてはまらない。それに、なによりドクターコースに進むだけの能力と将来性がない。ケンキューシャに必要なヒラメキが絶対的に欠けている。納得できる論文を書く自信がない以上、行っても無駄だと思うのだ。ここでやめてしまうのはとても悔しい。けど、そんな感情だけで先へ進むものでもないと思う。

迷ってるならやめたほうがいい。はっきりとそう言われて、やっぱりそうだよなーと納得した。でも、しばらくして、ひとりひとり置かれた環境も違うし、すべての院生が迷いなく進学するのかというと、そうとは限らないのではと思うようになった。専業学生ならまだしも、この歳になるといろいろ考えるべきことが出てくるし、迷わずGO!と思える人のほうが稀なのではないか。

昔々、初めてのお見合いで結婚を決めた友人がいた。そのときの彼女の言葉が忘れられない。迷ったけど「迷ってるんやったらイテまえー!」やって。ふつうは迷ったらやめるんちゃうの~?と友人一同、驚愕、爆笑。
わたしは買い物でも迷ったらまず買わない。家に帰って、ああ、やっぱりほしいな~と思い続けるタイプ。そして、やっぱりほしい!と決心して行ってみたら売り切れ…という経験は数え切れず。歳を重ねて多少学習したので、たまには「迷ったら買い!」と即、行動に出ることもあるけど。

さあて、来年の春はどこでどうしているでしょう。シュウロン書けなかった。。とか言って、留年するのだけは避けたいね。

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